初心者大歓迎の東京のラグビーチーム くるみクラブ


ラグビー経験は全く問いません。
くるみクラブの素晴しい環境で、素晴しい仲間づくりをしませんか。



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くるみクラブ創設者

クラブスポーツに新しい芽

写真(毎日新聞・昭和四一年九月二九日 池口)
桑原氏は現役時代、ラグビーの虫といわれたほど真面目な明るいスポーツマン。また卒業後は母校のハンドボール部や本田技研の野球の監督もつとめた変り種である。そのため、正課体育のラグビーでも他のあらゆるスポーツの要素を取り入れて「楽しい、明るい」スポーツを教えた。こうしてつくられたクラブは年々同好者がふえた。強制されたものではなく、あくまでもなごやかに自信を鍛え、クラブ活動を楽しむシステムに大学内の支持も集まった。
練習は週一日。あとは個人で自主トレーニング。ことしの元日には、各自が帰省先の郷里でトレーニングの第一歩を踏み出したという。こうした努力が実って、このクラブにも栄えある日が訪れた。

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九月二十日の夜、国立競技場でラグビークラブの大先輩、エーコンに挑戦した。輝くばかりの照明に浮かぶ緑の芝の上でA・B二組のゲームが行われた。エーコンは東西十数校の大学OBを集めたクラブの横綱。くるみは芽生えたばかりの幕内新人といった対戦であったが、くるみの善戦に場内はわいた。スタンドには両クラブの家族、友人およそ三千人が集まっていた。その数でもお隣の秩父宮ラグビー場で行われた日大対谷藤機械の公式戦を上まわる壮観さだった。しかも両クラブの努力によって、このゲームの国立競技場経費十万円、ミーティング代を払ってもなお黒字が出たという。結局第一戦は22対10、第二戦28対15と破れたが、攻防ともに忠実なプレーに拍手、歓声がわいた。

往年の名フルバック笠原恒彦氏(明大出)も「二年間でよくここまで教えたものだ」と感心したほど。正面で見ていた中大文学部長の山口忠幸教授、学生部長の村田喜代治教授らも大喜びだった。山口教授は昨年まで六年間ラグビー部長をしていた人だが、このクラブのめざましい活躍を見て、「これが本当の学生スポーツのあり方だとしみじみ感じた。ゲームを見ていて肩がこらないし、相手のいいプレーにも拍手し合う楽しいスポーツでなければいけません」と語っていた。

写真このクラブは二十人ずつ一チームを作り、四チームがお互いにゲームをしたりして、楽しんでいる。英国のラグビークラブでもこういう組織の中から、人格、技術、力、すべてがクラブの代表としてはずかしくない選手を選ぶのがしきたりとなっている。日本の学生スポーツのなかにこのようなクラブがぞくぞくできてその大学の代表的存在となり、大学同士のゲームがもっと楽しいものになったら…というのが、このゲームを見た人たちの切実な祈りでもあった。